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このコーナーは、皆さんが作っていくコーナーです。「つづきの歴史」に関係することなら何でも投稿して下さい
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 青葉検定「あおばのもり」   ふくちゃん   2023年4月16日(日) 21:34
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青葉区と都筑区はお隣同士で、昔は同じ「都筑郡」でした。
今、あざみ野の山内図書館で、「青葉資料」を展示し「あおばのもり」というイベントをやっています。
2月14日までです。
http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/library/chiiki/yamauchi/gyouji/aobanomori-tirasi.pdf

この中で、面白かったのは「青葉検定」です。1級から3級まで検定問題を10問解くと、青葉の歴史の勉強になります。

昨年、「都筑検定」を都筑区でやりましたが、青葉検定も問題が力作ぞろいで、答えると回答編ももらえます。

それから昨年発行した書籍「青葉のあゆみ」とマップ「青葉区歴史めぐり」は秀作です。
都筑区も作成したいですね。青葉区役所の売店でも購入できますが、近いのは横浜歴史博物館の売店でも売っていました。
http://www.city.yokohama.jp/me/aoba/houdou/index2009_25.html
http://www.city.yokohama.jp/me/aoba/kouhou/2009_10/zoomup.html

2010年2月11日(木)  作成

 「関家住宅」の見学  都筑をガイドする会   2023年4月16日(日) 21:32
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「都筑ガイドボランティア養成講座」が2月6日に始まりました。
6回連続講座ですが、最終回の3月27日は、ガイドデビューで、一般の人も参加できます。

都筑区が誇る国の重要文化財の「関家住宅」は、普段は非公開ですが特別に見学が出来ます。

現在参加者を募集中です。要申込。2月28日必着。100人抽選。このチャンスに、ぜひ申込を。

関家住宅の詳細は、これをご覧ください。
https://www.city-yokohama-tsuzuki.net/station/kigyou/sekike/index.html

コースの詳細、申込の方法はこれをご覧ください。
杉山神社(勝田)、正覚寺、茅ヶ崎城址公園、都筑民家園などにも行きます。贅沢コースです。
http://www.city.yokohama.jp/me/tsuzuki/koho/koho2009/page/201002-04.pdf

2010年2月7日(日) 作成

 都筑図書館で調べてみました    ふくちゃん  2023年4月14日(金) 12:06
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「川和の市」について、都筑図書館で調べてみると、「郷土よこはま 第85号」に「川和の市」として岸上興一郎氏が、詳しく調査されており、それによると、「・・・昭和30年代から徐々に衰退に向かい、かつて百軒をこした市商人の出入りは、最後の昭和42年には、わずかに2〜3店という、市の姿を保つには、あまりにさびしい様相になったと伝えられる」(p21)とありました。
最後は昭和42年(1967年)だったようです。
先日、川和小学校のコミュニティーハウスに行ったおりに、市が開かれたあたりを見学してきました。

2010年2月7日(日)  作成

 川和の市  ふくちゃん  2023年4月14日(金) 12:05
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「わたしたちのまち川和」(川和小学校創立50周年記念誌)によると、川和では、昔にぎやかに川和市が開かれていて、昭和10年頃には、年5回あった市が12月25日の「歳の市」だけになったそうです。
この市も品物を扱う農家が少なくなり、また流通機関の発展などにより少しづつ無くなったと、記載されています。何時頃まであったかご存知の方は教えていただけないでしょうか?

2010年1月9日(土) 作成 

 都筑区内の鎌倉古道   - shiba -  2023年4月14日(金) 12:03
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ふくちゃんさん、言われる通り東急田園都市線開通に伴う青葉区等東急沿線の開発、その後の港北ニュータウン開発等で、鎌倉古道はその多くが開発の名の下に消え去りました。
そのため、鎌倉古道中の道のルートを特定するのが困難で諸説に分かれているのも無理からぬことのようです。

都筑区内の鎌倉古道中の道は、鶴見川の精進橋を渡り川和町→川和八幡宮前→川和高校北側→荏田町真福寺前に至り、旧荏田宿あたりから大山道(矢倉沢往還*)とほぼ同一ルートで鷺沼→溝の口方面へ北上していることはほぼ確かですが、ずたずたにに切られ、また拡張されたりで、個別には確定できないのが実情なのでしょう。

古道の現状はさておき、文治5年7月鎌倉を発した源頼朝率いる28万の大軍が、奥州平定のため平泉を目指して軍勢を進めたのがこの鎌倉古道中の道です。
また、鎌倉幕府を滅亡させた新田義貞が、鎌倉へ攻め上がるのに軍勢を引き連れ通ったのも、この中の道です。
歴史書をひもとき、いにしえの800年前に思いを馳せながら鎌倉古道を歩いて見ると、強者どもの夢のあとを感じさせられます。

*矢倉沢往還(やぐらざわおうかん)は、江戸時代に整備された街道で、江戸赤坂門から相模国、足柄峠を経て駿河国沼津宿を結び、大山参詣道や東海道の脇往還として機能していました。
現在は、ほぼこの旧往還に沿って国道246号が通っています。

2009年10月8日(木)  作成

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