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 渋沢社史データベース  星の王子  2023年5月17日(水) 16:49
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渋沢社史データベース
http://shashi.shibusawa.or.jp/index.php

    2015年11月2日(月)

  ハラ  ハラ  2023年5月17日(水) 16:47
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池辺町は、明治の初めで戸数156軒ほど。鶴見川の氾濫源の平らなところは全て水田でした。1960年代初めぐらいから埋立てが盛んになり、第三京浜・港北IC開設前後から松下、NEC、ヤマザキパンなどの工場が進出。水田は倉庫物件になったりでしたが、地元の人は家は建てませんでした。昔ながらに谷戸を中心にへばりついていた印象です。歴史的には奈良時代には牧と一部の宗教施設(都田西小)があったようで、鎌倉時代に新田開発が行なわれたようです。足利時代は記録がほとんどなく、後北条の小机衆の座間氏が土着していました。江戸時代に入ると陣屋を置き小笠原宗忠(元犬山城、忍城の城主)が左遷されて派遣されています。50年ほど前迄は、いわゆる農村地帯でした ^^
2016年2月13日(土)

 「ケ」の区名、地名表記について  星の王子  2023年5月17日(水) 16:46
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「ケ」の区名、地名表記について

2009年保土ケ谷区の区名表記問題でもめたらしい。保土ヶ谷か保土ケ谷か、大きい「ケ」、小さい「ケ」、半角の「ケ」と何れが正しい?

結論としておおきな「ケ」で統一することになった。区名等は「常用漢字」を使うことになっている。
(常用漢字に基づくという原理原則)しかし小さい「ケ」、半角の「ケ」は正確な漢字ではない。そこで保土ケ谷区では大きい「ケ」を使うことを決めた。そして区名だけでなく町名なども同様にする。また横浜市内の各区にも統一を促すことになった。そして「区の設置並びに区の事務所の位置、名称及び所管区域を定める条例」に名称、地域を公開している。

これを根拠に茅ヶ崎→茅ケ崎(都筑区)になっているようです。上記条例は区の設置、事務所の位置、名称、所管となっているので民間などが小さな「ケ」を禁じている訳ではなさそうです。但し大きな「ケ」を推奨しているのでは。

混乱、ふたたび? | 保土ケ谷区 | タウンニュース
http://www.townnews.co.jp/0115/2014/07/03/242329.html
区名表記 大きい“ケ”で統一へ
http://blogs.yahoo.co.jp/gikai_kiji/18446983.html
横浜市 総務局 例規集インターネット版
http://www.city.yokohama.lg.jp/ex/reiki/honbun/ag20200021.html
横浜市の「区の設置並びに区の事務所の位置、名称及び所管区域を定める条例
(条例第1号、昭和34年3月14日制定)」

横浜市 保土ケ谷区 「保土ケ谷区」の「ケ」は大きな「ケ」です!
http://www.city.yokohama.lg.jp/hodogaya/gaiyou/ke.html
2016年2月10日(水)

 港北ニュータウンまちづくり資料  星の王子  2023年5月17日(水) 16:45
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港北ニュータウン記念協会「港北ニュータウンまちづくり資料」
http://kn-kk.com/kohokuarchives/kohokuarchives.htm

港北ニュータウンのまちづくりについて判りやすい資料として下記のような著書、動画などを見ることが出来ます。

1.著書
横浜市港北ニュータウン郷土誌 都筑の民俗
(港北ニュータウン郷土誌編纂委員会、1989.5)

港北ニュータウン 理想郷がすぐそこに
〜緑豊かな街づくりに30年〜
(金子保、1998.6)

港北ニュータウンと共に33年 私の覚書
(金子三千男、2001.6)

港北ニュータウン物語
(徳江義治・山本光雄、2006.3)

望郷 (記念協会編)
(男全冨雄、2010.4)

写真集 港北ニュータウン 〜むかし・いま・そして未来へ…〜
(財団法人港北ニュータウン生活対策協会、2002.3)

写真で見る−つづきの景観50−
(NPO法人港北ニュータウン記念協会、2008.3)

2.動画
港北ニュータウン計画
未来都市への挑戦
港北ニュータウン計画の3つの基本理念と4つの基本方針及び市民参加のまちづくりについて説明しています。 (23分56秒)

故郷の生まれ変る時
(港北ニュータウン 第1部)
横浜市の港北ニュータウン基本計画及び公団の土地区画整理事業計画案の発表から土地区画整理審議会の設置までを説明しています。(25分10秒)

故郷の生まれ変る時
〜 土地区画整理事業の歩み〜
(港北ニュータウン 第2部)
換地設計から仮換地指定そして造成工事、移転と事業の推移を説明しています。(30分20秒)

明日の都市をひらく
(港北ニュータウン 第3部)
昭和58年(1983)から62年(1987)頃までの港北ニュータウン区域内の様々なまちづくりの推進状況について説明しています。 (21分01秒)

複合・多機能都市をめざす港北ニュータウン
−中川地区の街づくり−
(港北ニュータウン 第4部)
昭和61年(1986)ベッドタウンから複合多機能都市への方針転換をした港北ニュータウンのまちづくりを中川地区を例に説明している。 (24分33秒)

21世紀の明日をひらく
(港北ニュータウン 第5部)
多機能複合都市を目指したまちづくり推進の状況(1997(平成9)年 土地区画整理事業終了まで)を説明しています。 (25分52秒)
2015年8月7日(金)

 開港五十年記念 横浜成功名誉鑑  星の王子  2023年5月17日(水) 16:41
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開港五十年記念 横浜成功名誉鑑
横浜市立図書館デジタルアーカイブ 都市横浜の記憶
http://www.lib.city.yokohama.lg.jp/Archive/DTRP0320?SHIRYO_ID=2235

八勝(多宅晴嵐 橋場夜雨 堀内暮雪 青龍晩鐘 石川秋月 横浜帰帆 蒔田落雁 新田夕照)を調べていたら「開港五十年記念 横浜成功名誉鑑」という本を見つけました。明治43年7月7日発行。横濱商況新報社 約1000ページ。この本をPDFでダウンロード出来ます。明治時代の著名人、成功した人などを詳しく掲載しています。また名勝古跡、横濱八景、花ごよみ、花街なども
2017年3月18日(土)

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