| 昭和41年(1966年)台風4号の大水害 mikan 2026年7月26日(日) 17:52 |
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昭和41年(1966年)台風4号の大水害 - つみかさね https://3yokohama.hatenablog.jp/entry/2026/07/26/174532
先日、仲町台地区センターのPCカフェに参加して下さったKさん(80歳以上の方)、昔から地元出身で、町田市、横浜市に住んでいたとのこと。そんな中で鶴見川・早渕川流域の水害が大きな水害という話を聞いて調べてみました。 当時浸水した場所は、現在でも低湿地なので、浸水の可能性のある場所で、危険が潜んでいるので注意が必要です。と力説されていました。当時の浸水状況を現在地図に描いてみました。添付
昭和41年(1966年)6月に発生した鶴見川・早渕川流域の水害は、横浜市の歴史の中でも特に大きな洪水災害の一つです。現在の港北区・都筑区・緑区・青葉区周辺は、当時ほとんどが田んぼや畑でしたが、それでも大きな被害を受けました。
当時の概要 発生日 ・昭和41年(1966年)6月28日 原因 ・台風4号 ・梅雨前線が刺激され、神奈川県一帯で記録的豪雨となりました。 被害地域 ・横浜市港北区 ・現在の都筑区 ・緑区 ・川崎市 ・町田市 など鶴見川流域全体 被害の規模 ・床上・床下浸水 約18,000戸 ・国土交通省の資料では約18,620戸という数字もあります。 なぜ被害が大きくなったのか 当時の鶴見川は現在とは全く違いました。 ・川幅が狭い ・蛇行が多い ・堤防が低い ・支流の早渕川も非常に細い ・雨水をためる遊水地がなかった そのため、大雨が降ると一気に水位が上がり、各地で堤防が決壊しました。 特に被害が大きかった場所 現在の ・新横浜 ・小机 ・大倉山 ・新羽 ・仲町台周辺 ・東方町 ・川向町 ・池辺町 などは広い低地だったため、一面が湖のようになりました。
また、 ・早渕川 ・鳥山川 ・恩田川 などの支流もあふれました。
当時の写真を見ると… 家の1階まで水没 道路は完全に川 ボートで救助 牛や農機具が流される という非常に深刻な状況でした。 昭和41年当時は現在ほど排水ポンプや河川整備が進んでいなかったため、浸水が何日も続いた地域もありました。
早渕川の被害 早渕川は現在よりかなり細く、 ・川沿いの田んぼ ・農家 ・新田集落 が次々に浸水しました。
特に現在の ・東山田 ・北山田 ・勝田 ・新吉田 ・新羽 周辺では広範囲が冠水しました。
この洪水が転機になったこの災害をきっかけに、 ・鶴見川改修 ・堤防のかさ上げ ・川幅拡張 ・護岸整備 ・遊水地計画 が本格的に始まりました。昭和42年には鶴見川が一級水系に指定され、その後の総合治水対策につながっていきます。
現在との違い 現在では、 ・新横浜公園(鶴見川多目的遊水地) ・多数の雨水調整池 ・大型排水ポンプ場 ・堤防の強化 ・川幅の拡幅 などが整備されたため、昭和41年当時と同じ規模の被害は大幅に起こりにくくなっています。ただし、流域の人口密度が非常に高いため、大雨時には引き続き警戒が必要とされています。 |
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