川向稲荷神社 (かわむかいいなりじんじゃ)
横浜市都筑区川向町150
御祭神 稲蒼魂命 ( うかのみたまのみこと )
祭礼
10月2日 例祭(れいさい)
11月日曜日 七五三祭(しちごさんさい)
(境内の石碑には)
川向稲荷神社
鎮座地 横浜市緑区川向町150番地
御祭神 倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
例祭日 十月二日
由緒沿革
小机領総鎮守住吉神社文書によれば「文禄年中(一○七代後陽成天皇一五九一年)まで小机村、川向村、本郷村は合郷であって郷社として住吉神社を奉斎していた。その後、慶長年中(一六○一年)に三村が分かれた際、すでに住吉神社に、京都伏見稲荷大社より勧請奉斎されていた稲荷社の分霊を川向村と本郷村との村鎮守神として奉斎することになった」と記されている。
また、新編武蔵風土記稿によれば「稲荷社は、もと、村の中央本宮の地に奉斎されていたが、台風水害の災を蒙りて流失、社地の松の一株が、字松木戸の地に漂着して根づいたので、新たに、その地を社地とト定して奉斎することになった」と記されている。その後、明治四十年に耕地整理が施行された際、長昌院と土地を交換して現在の字宮前一五〇番地を社地として奉斎して現在に至っているのである。
その間昭和五十三年六月十一日午後五時五十分、境内社地利用の町内会館が、浮浪者の放火の災に遇い、隣接の神社は危殆に瀕したが、防災よろしきを得、屋根のみで一応全焼の災は免かれたが、破損が甚だしいため、新築の機運が熟し、隅々、境外社地が売却されたのを機に、稲荷社造営建設委員会が結成され、一年有余の日子を費して正一位稲荷大明神の格式にふさわしく、鉄筋コンクリートの入母屋造り・銅板葺き・丹塗りの華麗荘厳な社殿が、昭和六十年十月竣功して御遷座されたのである。
憶うに稲荷社は衣食住の太祖、満民豊楽の御神霊といわれ、五穀豊穣の神であり、また商業繁昌、家運隆盛、厄難消除、無病息災、交通安全の守護神として、霊験あらたかにまします神社であります。
この度の御造営御遷座を機に、氏子一同心を新たに、鎮守神を尊敬し、広大無辺な御神徳の御加護を子々孫々に至まで遍きことを祈り奉るものである。
昭和六十年十月吉日 川向氏子中建之
トイレなし
交通
JR小机駅南口徒歩23分
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