石彫家の八木ヨシオさん(77歳)を訪問してきた。八木さんのお住まいとアトリエは、長野県諏訪郡原村である。原村移住前の活動の場は東京や近郊だったが、都筑区に住んでいたわけではない。

八木さん訪問は、筆者が都筑の緑道マップ作りの一員になったことが、きっかけである。コロナ禍で身近な緑道の魅力に気づいた仲間10数人が「緑道ハレバレ会」を結成。港北NT生みの親のひとり川手昭二さんの案内で、何度も緑道を歩いた。

歩いているうちに、樹木や草花や生物やせせらぎの自然景観の中に、たくさんの石造物があることに気づいた。石のベンチ、石の水飲み場、12支の石、パーゴラ、石柱、方位石、越流堤、せせらぎ沿いの自然石など。

素人でも、石の種類の違いや石の表情の豊かさが分かってくる。「誰がこの石造物を作ったのだろう」の疑問は、つづき流ステーションの「こんなところにナニコレ1」を取材している時も浮かんだが、「記録が残っていないので分からない」の回答しか得られなかった。

こんな時、港北NTのグリーンマトリックスシステムをになったランドスケープデザイナーの上野泰さんと話す機会があった。「作者名は残さないことが多いんです」と言いながらも、主な作者名として、ご自分やSさんやAさんの名前をあげた。

「でも石彫家として今でも活躍している八木さんは、大学で講義もしているから面白いですよ..」と、紹介してくれた。前置きが長くなったが、原村の八木さん訪問はこうして実現した。

 語りかける石たち

港北NT緑道にある石は、豊かな表情で緑道を歩く人に語りかけている。「石のように冷たい」の表現もあるが、緑道の石たちは、温かくて命が宿っている。

都筑の緑道は約15キロメートルもあり全部の石を載せきれないので、ごく一部を写真でどうぞ。


 12支の石 道しるべのために置かれた
福島県三春産の青鍋石

 
八幡山公園にある石柱
最初は4本の木の柱が渡してあった
 
せせらぎを渡るために置かれた
自然石

あちこちに置かれている石の造形
切断面と表面の違いに注目

 石を利用した水飲み場 水の流れが優しい

周囲の敷石は福島県白河石
 
葛ケ谷公園にあるパーゴラ
最初はスイカズラが覆っていた


八木さんは、都筑の緑道には直接関わっていないが、ランドスケープデザイナーの上野さん、Sさん、Aさんの仲間で、彼らとは今でも親交があるという。

「私が石の魅力に気づいたのはごく最近なのですが、公園での石の役割はなんでしょう」

「石の種類はたくさんありますが、ブロンズや他の金属のように人の手によるものでなく、すべて地球が生み出したものなんです。それが魅力です」

「石が自然に溶け込んでいるのは、地球が生みだしたものだからなんですね。これがすべてブロンズやプラスチック製なら味気ないです」

「でも、港北NTが作られた高度成長期と違って、今は石は邪魔者あつかいなんです。取り外しが面倒ですから。芸術と時代はおおいに関係があります。作品は時代の流れそのものなのです

20歳から石に関わった 

「石の彫刻を始めたのはいつですか」

「都立駒場高校の芸術学科に進み、3年生で主に彫刻を学びました。芸大式教育を受けていましたが、芸大にも石の彫刻の指導者がいなかったのです

「日本はもともと木の文化ですね。縄文や彌生時代にも木の大柱があったことが分かっています。御柱の祭りは今も盛んです。日本にも、石垣、狛犬、野仏、つくばい石などはありましたが、おおまかに言うと石は異文化の素材ですね」

「1964年の東京オリンピックの時に、新宿御苑で石彫の作品群を見て感動しました。石彫家を目指すきっかけです」

その後、50年以上に亘って活躍。原村でのインタビュー数日前には、東京の日大法学部の学生に「現代の危機と芸術」の講義をしてきた。

八木さんの業績やお人柄は、「詩人(うたびと)の声」(水茎舎 早坂義征著 )に詳しいが、活躍の場は日本ばかりではない。2019年、ロシアに侵攻される前のウクライナでの国際彫刻シンポジウムにも参加した。

国際彫刻シンポジウムでは、複数の国の作家たちが酒を酌み交わし、意見を闘わせながら共同作品を制作する。作者の名前は記さないことが多い。

八木さんが参加した国際彫刻シンポジウムの場は、オーストリア、スコットランド、アイルランド、カナダ、トルコ、モロッコ、ラトヴィア、ポルトガル、中国など。シンポジウムは1月以上のことが多く、そこで得られた経験も、八木さんを「詩人」にしているのだろう。

公園などに設置されているものや個展での作品の一部をどうぞ。八木さんのHPの借用(了解ずみ)


 「海洋生物」

原村のパン屋の前庭  大理石

「Water in Sahara」

モロッコ国際石彫シンポジウム
2001年 
 
「オーム貝」

世田谷区 希望ヶ丘団地

 
「Growing Stone」

カナダ国際石彫シンポジウム
2002年

 
「水の壁」

豊橋での個展
2004年
 
「Jet of Water]

茅野市民会館での個展
2006年 本小松石


頁の都合で枠におさまる写真だけを取り上げたが、もっともっとダイナミックな作品もある。

 原村のアトリエ

八木さんを訪ねて原村に行ったのは、たまたま知人の山荘に滞在していたからだ。猛暑時だったが、標高1400メートルの地は爽やかな風が吹き抜ける。

作業場の庭は「彫刻の庭」として、誰もが見学できる。緑の中に置かれた石の彫刻は、わが都筑の緑道を思わせる。

「原村に居を構えたのはなぜですか」

「東京の稲城にいたのですが、石彫は音もうるさいし埃も出ます。30年前に移住しましたが、この辺りには芸術家がたくさんいるので快適です」

「どのようにして彫るのか見せてください」と頼んだら、覆いをとって制作中の石にノミを入れてくれた。訪問前の気難しい方だったらどうしようの心配は、杞憂に終わった。

「これは青鍋石です」

「福島県の三春産ですね」と言ったら「よく知っている」と感心された。
「緑道に置かれた12支の石が青鍋石なんです」

「そうでしたね。あれを作ったのはSさんとAさんです」


下の写真は原村のアトリエ。「彫刻の庭」の名にふさわしく、たくさんの作品が庭に置いてある。筆者は、階段のある作品が特に気に入った。


石彫という未知の世界に導いてくれた八木さんには、感謝しかない。フレンドリーなおもてなしも忘れられない。都筑の緑道にある「石たち」により近づけたことも嬉しかった。「芸術は時代の流れに関係しています」の八木さんのひとことも印象に残った。

都筑の緑道ハレバレMapは、8月末に完成する。ミウラ折りという特殊な折り方で手の平に入る大きさだが、開くとA2サイズになる。表面はイラストマップ。裏面は緑道の成り立ち・石・せせらぎ・ガゼボ・橋・生き物・農専地区など情報をたくさん載せている。会員が約2年にわたって何度も歩いて情報を集めた。

   (2022年7月訪問 HARUKO記)

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