都筑区川和町在住の中川智之さん(44才)に、2回にわたって話を聞いてきた。名刺やイベントのお知らせには、漢字ではなく「ともゆき」を使っている。

名刺には次の4つもの肩書きが書いてある。

・介護福祉士
・日本心理療法士協会認定音楽セラピスト
・スウエーデン音楽療法ブンネ法インストラクター
・認知症ケア専門士 

中川さんを訪問するきっかけは、北山田小コミュニティハウス文化祭での催し「ギターの弾き語り」を聴いたからだ。教室ほどの部屋に響きわたるギターの音色と力強い歌声にびっくりしてしまった。

この時は中川さんの経歴をまったく知らなかったので、後日のインタビューをお願いし、1月末と2月初めに実現した。


ストーリーテラーを目指していた 


「みなさんに聞いているのですが、都筑に越してきたのはいつですか。居をかまえた理由も教えてください」

今の川和町には1999年から住んでいます。適度に田舎なのに東京に近い、新幹線の駅も高速道路のICも近いので便利です。18歳で大阪から上京後は、住まいをいろいろ変えましたが、都筑に落着いて20年になります

「なぜ大阪から出てきたんですか?ギターや歌の勉強のためですか」

「実はそうじゃないんですよ。ストーリーを作って何かの形で表現したいという希望がありました。親の援助を受けられなかったので、新聞奨学生として水道橋の東京アニメーター学院に入学。講師陣に憧れの松本零士の名前があったのでこの学院を選びましたが、一度も会えませんでした」

「”銀河鉄道999”や”宇宙船艦ヤマト”ですね。当時は一世を風靡していたので、会いたかった気持ちは分かりますよ」 左はフリー画像から。

「松本零士には会えないし、漫画科に通っていたものの画の才能がないことに気づき1年半でやめました。でもその後1年半ぐらいは、ネームの原稿なども書いていました。バイト三昧でしたが、いろいろな仕事に就いたおかげで生きていることが本当に楽しかった」

「今でも楽しそうじゃないですか」

そうなんです。今も楽しいですよ。いろいろな経験を積んで世の中の裏も見ましたから。おかげで、どんなことにも対応できるような気がしています


 いろいろな出会いと経験


「アニメーター学院の次は何を始めたんですか」

「恵比寿にあるアミューズメントメディア総合学院にやはり新聞奨学生として通いました。ノベルズライター科でシナリオライターになるための文章力の訓練です。演出家に気に入られて、お笑いプロダクションを紹介すると言われたのですが、訪ねてみるともぬけの殻。プロダクションがつぶれたんです」

「ドラマを見ているみたい」

次は目白のテアトルアカデミーに2年通いました。音楽関連の養成コースもありましが、メインは役者の養成だったので最初は役者向けのレッスンを受けていました。その一方で、ライブハウスでアコースティックギターの弾き語りをしていたんです。ギターは高校の頃からの独学です」

「やっと音楽に近づいてきましたが、まだ福祉施設には関わってませんね。

バイト先で知り合った友だちの弟が脳障害で川崎養護学校に通っていたのですが、その弟が亡くなりました。ご家族は養護学校にお礼をこめてクリスマス会を提案。友だちはアルトサックスのライブをしたかったのですが、ひとりでは自信がないので、セッションを依頼されました。みなさんがとても喜んでくれて、大好評でした」

「そんな時、知り合いに紹介されたのが、横浜福祉研究所(グループホームを運営しながら認知症を研究する会社)の役員です。その施設の内覧会の日にBGM演奏をすることになったのです。考えてみると、この日2003年4月が、音楽療法を始めた記念の日。介護保険制度が出来た頃です」


「横浜福祉研究所の朗読劇(キョーメイションワークショップSOULTRAIN)では作曲とギター演奏を担当しました」

写真は、中川さん愛用のアコースティックギター。普通のギターと違うのはアンプがついているので音量が高い。


みんなで歌おう! 


活動の場は福祉施設が多いが、一般を対象にしたイベントにも出演している。インタビュー前の催しは、北山田小コミュニティハウスの自主事業として行われた(左)。

一般とはいえ参加者はシニアが多いので、コミュニティハウスが用意した歌集に収録されている80曲は、大正・昭和の歌がほとんど。中川さんがリアルタイムで知っている歌はないに等しいが、リクエストに次々に応えていた。「この音じゃ高いですか、一音下げましょう」など言いながら、キーを上げたり下げたりの操作も軽やかである。

「この歌集以外の歌でもいいですよ」と中川さんは言うが、歌集でさえ終わらない。1時間半はあっと言う間に過ぎた。

ちなみにこの日にリクエストに応えて共に歌った歌は、冬景色・くちなしの花・高校3年生・北国の春・四季の歌・高原列車は行く・青い山脈・東京ラプソディ・瀬戸の花嫁・2人でお酒を・影を慕いて・早春賦・サントワマミー・愛の賛歌・いつでも夢を・知床旅情・いい湯だな・ここに幸あり・リンゴの唄・君といつまでも・銀座の恋の物語・上を向いて歩こう

「何曲歌ったか知ってますか。22曲ですよ」

「そうですか、数えてないので知りませんでした。他の会ですが、40曲以上だと主催者が教えてくれました」

「生まれる前の流行歌もありましたが、知っている歌ばかりで楽しかったですよ。今と比べ、曲の寿命が長いですね。歌っているうちに時代や当時の自分を思い出しました。それにしても1時間半も声を出し続けて疲れませんか。機関銃という表現は相応しくないかもしれませんが、そんな感じで歌い続けていました」

大丈夫です。弾いて歌うのが仕事ですから。みなさんの喜ぶ顔を見ると、こちらまで嬉しくなります


音楽セラピストとしての活動 


横浜福祉研究所で福祉に関わったことから、介護福祉士、音楽セラピスト、認知症ケア専門士などの資格も取得。
音楽セラピストとして活動するには、ただ弾いて歌っていればいいものじゃない。介護度もさまざまな人達の心を和ませるには、寄り添う気持ち以外に専門の知識も必要になる。

中川さんが月に2度ほど演奏している有料老人ホーム「夢別邸すみれが丘」にお邪魔した。入居者は要支援という介護度が低い方もいれば、介護5という症状の重い方もいる。

開演は午後2時だが、30分前には15名ほどが椅子に座って待っていた。その1人にインタビュー。「とっても楽しいんですよ。知っている歌ばかり歌ってくれるので、若い頃を思い出して涙が出そうになります」

なかには「次はいつですか」と何度も中川さんに尋ねる人もいる。中川さんは嫌な顔をせずに同じ答えを繰り返す。「さっき言ったでしょう」とは絶対に言わない。「あの方は直前のことは忘れてしまうのですが、会を楽しみにしているんですよ」と認知症ケア専門士の立場から説明してくれた。

ちなみに今回歌った曲は、冬景色・朧月夜・湯島の白梅・勘太郎月夜・清水の次郎長・赤城の子守唄・人生の並木道・愛染かつら・湯の町エレジー・山小屋の灯火・湖畔の宿・南の花嫁さん・満州娘・蘇州夜曲・からたち日記・東京バスガール・東京音頭・哀愁列車・高原列車は行く・冬の夜・雪の降る街を・春よ来い・大空と大地の中  老人ホームだけに、最後の2曲をのぞくと戦前の歌も多い。

今回はリクエストではなく、中川さんが年齢層と季節にあわせて選んだ曲ばかり。1時間で24曲を歌い続けた。「夢別邸すみれが丘」が定期的に依頼しているのが分かるような気がした。強制ではなく自発的に30名以上の入居者が嬉々として集まってくるのだから。


2013年に独立


「2013年に独立したんですね。夢別邸以外にどんな施設に行ってますか。横浜全体や川崎など活動範囲は広いと聞いていますが、都筑区だけでも教えてください」

「小規模多機能型居宅介護施設”かもいけ”には、週に2度、10時から6時までいて音楽活動ばかりでなく、介護の手伝いもしています。ほかに新栄ケアプラザ・葛が谷ケアプラザ・北山田小コミュニティハウス・川和小コミュニティハウスなどです。こうした施設ばかりでなく、祭りやイベントなどにも呼ばれているんですよ」

「ところで、話は飛びますが、趣味はなんですか」

「趣味と仕事が同じなんです。でもサイドカーを乗り回すのは好きですよ。自分が何をしていくか模索しているときに、サイドカーで日本一周をするつもりでした。この計画は同行者が怪我をしたので、途中で止めたのですが、それ以来ずっと乗っています」と写真を見せてくれた。

介護福祉士と音楽セラピスト。関係なさそうな資格が並んでいる名刺をもらった時は、一瞬とまどった。でも、中川さんの演奏会に数回参加しているうちに、昔聞いた歌や好きだった曲を歌うことで、認知症などの障害が和らぐことが分かってきた。この2つはおおいに関係ある。

今後、認知症患者は飛躍的に増えると聞いている。中川さんの活躍の場も増えるに違いない。
中川さんへの連絡は携帯(090-9349-6289)と固定(045-935-1531)とメール(knight.of.pirates@r3.don.ne.jp)へ。

「これからも歌とギターでみんなを幸せにしてくださいね」と頼んでインタビューを終えた。     
                            (2019年1月と2月訪問 HARUKO記)
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