高橋美江さん(68歳)は、東京都北区田端で「高橋デザイン室」を主宰している。「つづき”ひと”」じゃないのに、インタビューしたかった理由はたくさんある。

美江(みえ)さんは17年間も都筑区に住んでいた。詳細は後述するが、今もひんぱんに都筑を訪れている。

多方面にわたる活躍は、どれも魅力的。名刺には絵地図師・散歩屋、まちの「ハレ」と「ケ」を見つめる”お散歩民俗学”とある

これ以外にも日本地図学会評議員、国際観光施設協会、全国路地のまち連絡協議会・・の肩書がまぶしい。

ぶしつけな質問にも嫌な顔もせずに答えてくれた美江さんの豪快でいて繊細なキャラのおかげで、楽しい時間を過ごすことができた。

有難かったのは、たくさんの資料やイラスト原画を用意してくれたことだ。ここで紹介したいのはやまやまだが、頁数が限られている。いつの日か都筑の地で原画展を開いて欲しい。

真面目に不良!


「名刺のトップに”真面目に不良”とありますが、美江さんのモットーですね。なさっていることを拝見していると、なんとなく分かりますが、生真面目だけじゃ面白くないということですか」

「都筑に住んでいた頃に名刺を作る必要があり、自分の生きかたを表すキャッチフレーズを考えました」

「ところで、武蔵野美術大学出身ですね。なぜ美大を選んだのですか」

「小さい時から描くのが好きでした。でも、富士山に雀が飛んでいる絵とか、女の子らしくないと言われました。少年サンデーとか少年マガジンを読んでましたし。中高で美術部に入っていましたが、緊張感のある1年を過ごしたのは、美大受験の予備校で学んだ時です」

「美大でデザインを学ぶかたわら、映画が大好きで1ヵ月に30本も見ていたんです。それもあって東宝アドセンターに就職。映画の新聞広告のデザインを担当していました」

「美江さんはいつもパワフルに自由に活動しているようにみえます。ご主人もアート系で仕事に理解あるのでしょうね」

「いいえ、彼は技術者です。私が早稲田のフォトサークルで活動していた時の写真仲間です」

「どおりで美江さんはイラストばかりでなく、写真がお上手。普通の人が気づかない視線で撮っています。『お散歩写真概論』-芸術新聞社-という本も出しています。”心の目で見る”ことを強調していますが、これは、写真に限らず”まち歩き”の基本ですね」


 お散歩民俗学の目線


美江さんの絵地図制作は、全国で250ヵ所。”真面目に不良”の仕事ぶりや絵地図を見知った観光担当者の間で良さが伝わっていった。

いくつか絵地図を見せてもらったが、ガイドブックにありがちな名所旧跡ばかりでなく、目に見えない二層目、三層目のモノを掘り起こしている。まちの「ハレ」と「ケ」を見つめる視線が、他の絵地図にない魅力だ。美江さんが名付けたお散歩民俗学目線で見ている。

「250ヵ所は驚きの数字ですが、印象に残っている土地はありますか」

「250と言っても、都内や横浜などが多いです。どこも思い入れがありますが、長野の小布施・諏訪・須坂や北九州や小倉など、地方は印象に残っています。地元民が気づかない魅力を掘り起こすことができました」

「実際にプロの散歩屋として一緒に歩く講師をしていますね。毎月6~9講座を受け持ち、満席が続いていると聞きました。美江先生キャラに惹かれているファンが多いんでしょうね」

「おかげさまで、常連の方がたくさんいらっしゃいます。私流儀のまち歩きに慣れてきて、ありきたりじゃないオモシロイ場所にも目を向けてくれるようになりました」

筆者は美江さんの絵地図付きガイドブックを10年前から見ていた。何度も訪れている浅草寺の奥深さを知ったのも「東京下町散歩」-新宿書房-を熟読したからだ。

雷門の大提灯の底に龍の彫り物があること、浅草寺の裏に「9代目市川団十郎」の銅像があること、浅草公会堂前にスターの手形とサイン入りのタイルが敷き詰められていることを知ったのも、この本である。絵地図は東京下町散歩の浅草表玄関編の一部。


私を育ててくれた都筑


「みなさんに聞いているのですが、どうして都筑に住むようになったのですか」

「ふれあいの丘にあるエステスクエアというマンションの折り込み広告を見て、申し込んだら当たったんです。1987(昭和62)年から2004(平成16)年まで、17年間も住んでいました」

「当時は子どもが小さかったので、専業主婦でした。でも地域のミニコミ誌のイラストなどをボランティアで手伝っているうちに、仕事の依頼が舞い込むようになりました。高橋デザイン室を名乗ったのも、エステスクエアにいた頃です」


「都筑区ができた1994(平成6)には、開設記念事業のパンフレットを作っています。両端に第三京浜と東名高速が通っていて、中央に早淵川が流れている全体図が一目で分かります。町名も入っている優れモノですね」」  

「都筑区は私を育ててくれた故郷みたいな場所です。2021年11月に歴史博物館で上映した「スズさん」の映画は、育ててくれた都筑の方に、せひ観て欲しいと思ったからです。映画中のイラストは私が描いています。原画展も歴博で開かせてもらいました」 

 
都筑区誕生記念イベントお知らせの表紙
 
美江さんがイラストを担当した映画「スズさん」のポスター


 おかえり美江さん


美江さんは、ほぼ1年半前から都筑区のマップ作りに関わっている。コロナ自粛中に緑道の魅力を知った10数人が、「美江さんにイラストマップを作ってもらおう!」と、ある意味とんでもないことを思いついた。思いつきを快く承諾してくれた彼女に”おかえり美江さん”と言いたくなる。

港北ニュータウンの最大の特色は、15.5キロメートルにわたる緑道である。「緑道はワンダーワールド。その魅力を新しく越してきた人にも知ってもらいたい、緑道のワンダーぶりを後々まで伝えたい。歩車分離の緑道を考えた川手昭二さん(当時は住都公団勤務)に50年前の様子を聞きたい」と夢はどんどんふくらむ。

こんな感じの人が集まって「緑道ハレバレ会」を作った。すでにすべての緑道を歩き、そのほとんどに川手先生も同行してくださった。もちろん美江さんも。

地図はミウラ折りという特許品。手のひらに入るぐらい小さいのに、パッ!と開くとA2の大きさになる。

この地図は2001(平成13)年に区政推進課が担当し、翌年「NPO緑の街」に引き継がれた。完売して今は入手できないし、情報も古くなっている。こんなマップを又作りたい。20数年前のこのマップのイラストを描いたのが、美江さんなのである。

今は、マップの表面と裏面の詳細を話し合って作業を進めているところだ。

以前の地図は北部と南部が表裏に分かれていたが、今回は表面に北部南部の両方を入れる。裏はニュータウンや緑道の魅力を伝える頁にする予定。

美江さんにすべてを任せるのではなく、「緑道の魅力を一番知っているのは私たちなのだから」と、全員が自負を持っている。

美江さんは、ハレバレ会を”都筑殿の13人”と呼んでいる。いい意味で、手ごわい集団だとも。都筑殿は真っ先にマップ作りを提案し、美江さんと長年の友人であるEさん。

マップ完成までにはまだまだ関門があるが、7月完成を目途にしている。応援して欲しい。

筆者が書物だけで知っていた高橋美江さんに直接会ったのは、1年半前のマップ作り予備会だった。彼女の魅力的で不思議なキャラに引き込まれ、緑道マップ以外のことも知りたくなった。インタビューに快く応じてくれた美江さんありがとう。     (2022年3月訪問 HARUKO記)