前回の清水浩さんに、「たいした人だよ」と太鼓判をおされたのが、井上晴彦さん−71歳−(左)だ。

名刺には「ふれあいの丘連合自治会会長」「高山自治会会長」とある。

筆者は、前身の港北区も含め都筑区に40年も住んでいる。でも、ときどき回ってくる班長以外、自治会に関わったこともなければ、関心を持ったこともなかった。住んでいる北山田町内会が、山田連合町内会に属していることも最近知った。

自治会を知るには良いチャンスかもしれない。取材は区役所の区活動センターからはじまり、昼食をはさんで地下鉄で「高山地区」まで移動。その間ふたりの会話は途切れることなく、楽しい”ひと”訪問になった。


   町内会・自治会の加入率は横浜市で最低

都筑区民の町内会・自治会加入率は、わずか64%。横浜市18区の中で最低だ。1回目に訪問した吉田区長も「なんとかして加入率をあげたい」とおっしゃっていた。加入率をあげるための予算も組んでいる。

区内には町内会・自治会が115ある。 ややこしい事に、すべての町内会・自治会が、連合町内会・自治会に加入しているわけではなく、115のうち24は連合に未加入だ。

加入率64%の数字も、連合にも加入している率となると55%に減る。

井上さんが関係している「ふれあいの丘連合自治会」は、地下鉄グリーンライン「都筑ふれあいの丘駅」(左)を中心とした町、富士見ヶ丘・見花山・市営つづきが丘住宅・エステスクエア・高山・タンタタウンの6自治会が入っている。

どの町内会・自治会にも入っていない36%の区民は、区の広報誌すら手に入らない。「地域との関わりを持ちたくない人や、町内会は年寄りのものというイメージがあるんでしょう。自治会だけでも面倒なのに、連合自治会に加入すれば、さらに面倒が増えると思っているんでしょう」と、井上さんは心配する。


  町内会・自治会の常識を変えた

町内会や自治会の常識を変えた自治会が、井上さんが会長をしている高山自治会だ。今年の1月から自治会独自のブログを出しているが、アクセス数が多く関心の高さがうかがえる。若い広報係が書いていると思いきや、会長自ら発信している。

高山地区は、マンション・テラスハウスなど賃貸住宅者が約70%も占める。賃貸住まい者のほとんどは、地域への関心が薄いのが一般的だ。ところが、70〜80%の住民が自治会に加入している。転入転出が多い地域での加入率の高さに、心底驚く。

2つ目の常識破りは、役員の平均年齢がなんと約40歳。自治会の役員は年配者という常識を、見事なまでに破っている。日本中をさがしても、こんな自治会は珍しいだろう。左写真は、4月に開かれた新年度の総会。若い年齢層がほとんどだ。

「自治会の役員は、住民の平均年齢層がやるべきだと思っています。その意味で、私が会長をしているのは矛盾がありますが、まとめ役としてなかなか抜けられないんです」と井上さん。

ちなみに高山地区の平均年齢は33.8才(平成22年)。18区のなかでいちばん低い都筑区の平均が38.3才だから、高山地区の若さは抜きんでている。

高山自治会は平成7(1995)年、都筑区誕生とほぼ同じときに発足。井上さんが高山に越してきたのはその翌年だった。マンションの7階から見る公園が汚れている。これは問題だなと声をあげたことがきっかけになり、平成10年から10年間以上、会長を務めている。

「自分たちの手で自分たちの自治会を作りたいと思いました。だから、15〜16名の役員任期は1年交代の輪番制。小さい子どもがいても、働いていても参加しやすいように、役員会は日曜の午前中にしています。夜の会合は一切ありません。輪番制にしているおかげで、約200人が役員経験者です」。輪番制が定着するまでには、苦労もあったと思うが、井上さんはさらりと話す。

引っ越してきてすぐ役員が回ってくる場合もある。「知人がいなくて心細かったが、人の輪が広がって友人もできた。これからも地域に関わっていきたい」と、任期が終わったあとに語る人が多い。

「輪番制のいいところは、会員の中に役員経験者が多いことなんです。いちど役員をした人は、地域の行事(左)にも積極的に参加し、サポートしてくれますよ」と嬉しそうだ。

「もし井上さんが会長を退任したら、自治会はどうなりますか。解体してしまう心配もありますね」と、少し意地の悪い質問をしてみた。

「役員経験者がデータやマニュアルを残しているので、きちんと引き継がれています。大丈夫ですよ。今の若者は、理解したら行動が早いし、しっかりやってくれます」」の頼もしい答えが返ってきた。

前回の清水さんが井上さんを推薦するにあたり、「大きくなりすぎた川和地区連合町内会から離れて、新しくふれあいの丘連合自治会を独立させたんだ。このエネルギーはたいしたもんです」と絶賛していた。

川和地区連合町内会は、地下鉄の駅が2つも含まれるほど、広範囲にわたっていた。ニュータウンになる前から住んでいる人と新住民の間で、お互いに遠慮牽制しあっていて言いたいことも言えない雰囲気があった。文化の違いや置かれている状況の違いもあった。

「心地よい自治会にするためには、独立しかない」と井上さんは、話し合いを重ねた。長い議論の末に平成20(2008)年5月に「ふれあいの丘連合自治会」がスタート。分離独立が、グリーラインの開通直後というのは偶然ではないが、ここでは詳細を省く。

分離したことで、やりやすくなったことはたくさんある。ささいな意見でも吸い上げることを重視した結果、知らせたい情報と求めている情報の違いも分かってきた。

「上からお命令ではなく、みんなで作り上げる理想的な自治会になっていますよ」と胸を張る。


   青パト車によるパトロール

赤いライトを回しながらパトロールしている警察の車は知っているが、青いライトの「青パト」は聞いたことも見たこともなかった。

平成17(2005)年からはじまった制度で、住民によるパトロール隊のことだ。都筑区は20万人もいるのに、警察官はわずか200人。これでは目が行き届かない。それを補う形で作られた制度が、青パトだ。現在区内の青パト登録車輛は約60台

空き巣などの犯罪がいちばん起きやすい夕方の6時〜7時(冬季は5時〜6時)の1時間ほど、パトロールしている(左)。井上さんはじめ自治会の役員が乗っている。

青パトをはじめてから犯罪率は年々減り、特に1昨年から去年にかけては35.4%も減少した。成果がはっきり数字に表れている。


  他人さま(ひとさま)のためになることをやれ! 

井上さんの忙しさは半端ではない。取材中にかかってきたケータイ電話は4回。区活動センターで挨拶を交わしたのは5〜6人。高山地区を案内してもらっている時も、ゴミ処理の相談をもちかけてきた人がいた。そのどれにも、嫌な顔をせずに落ち着いて対応していらした。

驚いたことに、井上会長も賃貸入居者だ。自治会活動に縁遠うそうな立場にいるのに、なぜ地域のために他人のために尽くせるのだろう?いちばん知りたかったのはこの事だった。

「オヤジは国鉄マンでした。5人も子どもがいたから生活は楽ではなかったと思いますが、金に執着しない人でした。親の顔に泥を塗るな!他人さまのためになることをやれ!世のためになることをやれ!と、ことある毎に言われました」。左は昭和29(1954)年の家族写真。井上さんは右上。

「オヤジの影響ばかりではないんです。いろいろな人たちとの出会いがあって、自分自身も成長し、視野も広くなっています」。

「他人さまのことに、これだけ一生懸命だと奥様から不満は出ませんか」「いやあ、反対しようにも僕が喜んでやっていることですから。妻は小学校(横浜)の同級生なんです。長い付き合いなので、理解してくれていると思いますよ」と、終いにはおのろけになってしまった。

「お若いときの写真を見せてください」と頼んだところ、10枚ほど用意してくださった。本題から少しずれてしまうが、お宝写真を独り占めするのはもったいないので、1枚だけだがご覧いただきたい。

井上さんは、平成6(1994)年から2年間、ある団体のキャスターをしていた(左)。無駄のない話をする方だなと、お会いしてすぐ感じたが、元キャスターということで納得。



    750CCのバイクに乗っていた

自治会活動以外に、月に8日〜10日ほど法政女子校で警備の仕事をしている。「こんなに忙しいと、自分の趣味の時間がとれませんね」と余計な心配をしてしまった。

ところが、井上さんには趣味がたくさんある。10年前までは750CCのバイクを乗り回していた。今も650CCのスクーター(左)で走り回っている。

先日、B級グルメ「とんてき」を食べに、四日市まで日帰りで行ってきた。「とんてき」のために、往復850キロメートルを1日で走るなど、とても70才を過ぎた方の行動とは思えない。

テレビ局なみの高級ビデオ機器を持っているので、防犯ビデオや発表会などの撮影を頼まれる。その編集も楽しみのひとつだ。

真摯なお人柄に魅了されっぱなしの数時間を過ごした。ふれあいの丘連合自治会、特に高山地区のみなさんは幸せだなあと、つくづく思った。


   次の訪問は井口正幸さん

井上さんが紹介してくれたのは井口正幸さん。神奈川県健康生きがいづくりアドバザー協議会の会長である。いろいろなお話しを聞けそうな気がして楽しみにしている。

                                            (2011年4月訪問 HARUKO記)
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