折本園の園主・新井知剛(ともたか)さん(35歳)を訪問してきた。 折本園の住所は都筑区折本町1523。すぐ近くを緑産業道路が通っていて第三京浜にも近いが、この一帯は農業専業地区。畑や果樹園の緑が目に優しい別天地である。 これまでの「ひと訪問」は事前にお願いして時間を取ってもらっていたが、新井さんの場合は、折本園に浜なしと浜ぶどうを買いに行った時に「今なら空いていますが、これから忙しくなるので時間が取りにくいんです」ということで、買い物ついでの急なインタビューになった。 大部分の野菜や果物は店頭でしか見ていない。ブドウ狩りやナシ狩りで果樹園を訪れたことはある。畑も通りすがりに見る事はある。でも実際に作っている人の苦労や喜びに触れる機会はなかった。 作業内容、特に専門用語についてあまりに無知なので、新井さんは内心あきれたと思うが、ていねいに説明してくれた。
横浜夏季果樹持寄品評会(8月22日実施)で、新井さんの浜ぶどうは優秀賞はじめ上位独占という快挙に輝いた。 そもそも、浜なしとか浜ぶどうの定義はなんなのか、品評会はどんなものなのか?審査員の1人である、JA営農経済部技術顧問の北尾一郎さんに聞いてきた。 「浜なしや浜ぶどうは、他のナシやブドウとは何が違うんですか」 「JAの果樹部に属している農家が横浜市内で作っているナシやブドウを、浜なしや浜ぶどうと呼んでブランド化しています。浜なしの約50%は幸水、約40%は豊水、ほかはその他の品種です。浜ぶどうは約70%が藤稔、約10%がシャインマスカット、ほかは竜宝などです」 「果樹部の農家は何戸ぐらいですか」 「横浜全体では、今年度は235戸。そのうち都筑区は26戸です。自信のない人は品評会に出しませんから、今回はナシが87点、ブドウが38点が出品されました」 「審査の基準をぶどうの場合で教えてください」 「つぶの大きさ、色の付き方(濃い方がいい)、色と大きさがそろっているか、糖度(甘い方がいい)、3房を箱に入れる場合に3房が揃っているか、トータル的な食味などいろいろな観点から審査します。もちろん誰の出品か分からないようにしていますが、新井さんの浜ぶどう・藤稔が上位独占で、私もびっくりしました。都筑区の果樹部が優秀賞をとったのは初めてです」 「藤稔はあまり聞いたことがないのですが、外見は巨峰に似ていますね」 上の写真は新井さんが優秀賞をとった藤稔 (北尾さん提供)。 「藤沢の青木さんと言う方が昭和60年に作った品種が、藤稔です。巨峰よりもっと粒が大きいです。巨峰は1粒が10〜12グラム。藤稔は20〜25グラムです。新井さんのは大きいもので1粒30グラムのもあります。 「現在の主流は藤稔ですが、おそらくシャインマスカットも主流になっていくでしょう。竜宝は大粒の赤ぶどうで味もいいです。でも脱粒しやすいので、あまり市場には出回っていません。直売所では人気です」 写真の左はシャインマスカット。右は竜宝。(北尾さん提供)
「都筑区の農産物といえば、コマツナ・トマト・キュウリなど野菜が思い浮かびますが、新井さんはいつごろから果樹栽培をはじめたのですか」 「父は主に野菜を生産していましたが、体調をくずしてしまったのです。伯父がサエド園という果樹園を40年以上やっています。その伯父の薦めもあって、10年位前から果樹園にシフトしました」 「そうは言っても、大学卒業までは、果樹栽培とは無縁で過ごしたわけですね。優秀賞を取るまでにはご苦労があったと思います。どうやって技術を習得したんですか」 「サエド園で1年間働き、その後、海老名にある『かながわ農業アカデミー』で専門知識や技術を学びました。JAの営農経済部の方にも技術指導をしてもらいました」
「1年間にどのような作業をするのか、浜ぶどうの場合で教えてください」 「12月〜2月は整枝剪定をします。3月はぶどう棚を作る会社で棚作り。4月中旬は誘引といって、枝を棚に這わせます。5月上旬は長い花穂を短くします。5月中下旬と6月上旬はジベレリン処理をします。種無しにすることと果粒を大きくするためです。6月上旬は摘粒といって、1房に100粒ぐらいついている実を26から30粒にします。6月中旬は袋架けと傘架け。6月下旬はいらない枝をつまむ枝管理をします。8月上旬は摘粒を見直して更に減らします」 見事で美味しい浜ぶどうが収獲されるまでには、このように目に見えない作業が1年中続く。折本園は他の果物や野菜も栽培しているので、合間にその作業も入る。
ぶどうやなしの収穫と販売が一段落すれば、少しは暇になるのだろうと思い込んでいたが、新井さんはとんでもないという顔をした。折本園では、柿・キュウイフルーツや野菜も作っている。 「栽培面積はどのぐらいですか」 「ぶどうが1500坪、なしが900坪、柿が950坪、野菜が900坪、キュウイフルーツが150坪、その他300坪です。半分は家の近くですが、遠い畑は緑区にあります。ぶどうが1500坪と言っても分かりにくいと思いますが、藤稔の木を30本、シャインマスカットの木を10本、他の品種も10本植えています」 こんなに大規模な折本園を、知剛さん、奥さんの妥子(やすこ)さん、お母さんのてるみさんの3人でやっていることに驚いてしまった。妥子さんは、2歳と4歳の子どもを保育園に預けられるようになった今年から復帰したそうだ。 妥子さんの働きは、「Agri 横浜」(2017年9月号)の特集「女性ならではの視点・発想に期待」に取り上げられたほど。 果樹栽培だけでなく、草刈機のやりかたを覚えたり、「はまふうどコンシェルジュ」の認定も受けた。折本園として、フェイスブックで情報発信もしている。
上の写真は「Agri」からお借りした
浜なしや浜ぶどうは、一般的なスーパーの店頭では見かけない。 果樹部農家の自宅直売所か、JAのメルカートで買うことができる。新井さんの直売所は12時からの販売だが、私が買いに行った1時半には、浜なしが2個、浜ぶどうが1房残っているだけだった。あらかじめ予約した方が良さそうだ。電話は070-5581-1523。販売期間は、ぶどうが8月中旬〜9月中旬、なしが8月下旬〜9月中旬、柿が10月下旬〜11月中旬。Facebook『折本園』で情報発信している。 他にJAのメルカート(東方町)にも置いてある。北尾さんの話を聞きにJAに行ったついでに隣接するメルカートに寄ってみた。新井さんのぶどう置き場に、上位独占の快挙のお知らせがあり自分のことのように嬉しくなった。
訪問するまでは、のんびり過ごせる農閑期があるものと思い込んでいた。ところが、折本園は一年中忙しい。「怠けたくなることはありませんか」という野暮な質問に対し「やっただけ、はね返ってくるのがこの仕事です。手抜きなんかする気になれません」と、新井さんはきっぱり答えた。 都筑には新井さんのような若い農業従事者が他にもいる。浜なしや浜ぶどう以外にも「浜」とつく果物や野菜が、もっともっと増えることを願って訪問を終えた。 (2017年9月 訪問 HARUKO記) |