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 開港五十年記念 横浜成功名誉鑑  mikan  2017年3月18日(土) 19:57
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開港五十年記念 横浜成功名誉鑑
横浜市立図書館デジタルアーカイブ 都市横浜の記憶
http://www.lib.city.yokohama.lg.jp/Archive/DTRP0320?SHIRYO_ID=2235

八勝(多宅晴嵐 橋場夜雨 堀内暮雪 青龍晩鐘 石川秋月 横浜帰帆 蒔田落雁 新田夕照)を調べていたら「開港五十年記念 横浜成功名誉鑑」という本を見つけました。明治43年7月7日発行。横濱商況新報社 約1000ページ。この本をPDFでダウンロード出来ます。明治時代の著名人、成功した人などを詳しく掲載しています。また名勝古跡、横濱八景、花ごよみ、花街なども

 江戸後期 武蔵・相模国 村名マップ  mikan  2017年2月25日(土) 16:43
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江戸後期 武蔵・相模国 村名マップ
http://pasopia.velvet.jp/nota2/nota/?20170225163501

武蔵・相模の国の歴史の定番「新編武蔵風土記稿」「新編相模国風土記稿」という本があります。江戸後期に作成された。各図書館にも置いてあると思います。地元(武蔵・相模)の歴史を調べようとすると必ず行き当たる書物です。国立国会図書館デジタルコレクションに収録されていて誰でも見ること、PDFで出力することが出来るライブラリーになっています。ところが該当箇所を探すにはまず、目次を探して巻を探すという手間が結構大変です。この「江戸後期 武蔵・相模国 村名マップ」はこのマップにある江戸後期の村名をクリックするとタブが開いて「新編武蔵風土記稿」の該当のページに飛んでくれるようになっています。なかなかの力作です。時々利用させてもらっています。便利です。「新編武蔵風土記稿」「新編相模国風土記稿」は古文書が読めなくても読める形態になっています。

新編武蔵風土記稿・新編相模国風土記稿(国立国会図書館デジタルコレクション)
新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふどきこう)とは、文化・文政期(1804年から1829年、化政文化の時期)に編まれた武蔵国の地誌。
新編相模国風土記稿は江戸時代に編纂された相模国の地誌。大学頭林述斎(林衡)の建議に基づいて昌平坂学問所地理局が編纂に携わる。天保12年(1841年)成立、全126巻。刊本は『大日本地誌大系』に収録されている。

江戸後期 武蔵・相模国 村名マップ
http://fudoki.midoriit.com/

 武蔵金沢藩の上屋敷、下屋敷  mikan  2017年1月28日(土) 15:17
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武蔵金沢藩の上屋敷、下屋敷
http://www.city-yokohama-tsuzuki.net/station/rekishi/

横浜市域で唯一の藩として武蔵金澤藩があります。江戸にあった上下屋敷はどこにあったのか調べてみました。

武蔵金沢藩 上屋敷 米倉丹後守 昌寿  12000石 2,590坪
牛込御門内(千代田富士見二丁目)
武蔵金沢藩 下屋敷 2,689坪
市ヶ谷新本村谷町(新宿区市谷台町)

 港北ニュータウンの範囲は?  mikan  2017年1月25日(水) 20:57
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港北ニュータウンの範囲は?
http://www.city-yokohama-tsuzuki.net/station/kohokuNT/

港北ニュータウンを知っている人は多いと思いますが、では範囲はどこまでを言うのか?住宅都市整備公団の分譲のパンフレットなどには新規に宅地造成する開発する地域が載っていた。したがって比較的古く(昭和58年頃)から移り住んでいた人も、またそれ以前からの住民、新しく移ってこられた方々などに話を聞くとそれぞれ港北ニュータウンの範囲の認識が違っていた。ある人は新規に開発された地域のこと。それに農業専用地域を含めるとかいろいろ。そこで港北ニュータウンの計画約2,530haをヒントに調べてみました。

 Google Earthを使って横浜市の昭和30年代を鳥瞰してみました。  星の王子  2016年3月24日(木) 11:40
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Google Earthを使って横浜市の昭和30年代を鳥瞰してみました。
http://pasopia.velvet.jp/nota2/nota/?20160321155751

Google Earthに横浜市作成の横浜市三千分一地形図(KML)90葉を取り込んで現在と比べて見られるようにしました。またGoogle Earthで用意された古地図は江戸府内と範囲が狭いので「歴史的農業景観閲覧システム 」のKMLも取り込んでみました。これは関東地方(明治初期から中期)をカバーしています。
横浜市三千分一地形図は拡大しても比較的鮮明に見ることが出来る画像になっています。

かつてセンター南駅近くに自性院というお寺があった。それを昭和30年代の地図と現在を調べてみた。港北東急のビルがあるところだということが判った。(以前はスキップ広場の西隅の方と聞いていた。ほぼ間違いなさそう)

山田富士公園、かつて富士遊園地と言っていたみたい。場所は今の位置と変わっていない。細かく見ていくと興味が尽きない。暇なときいろいろと眺めてみたい。最新の地図と重ね合わせているので精度は±10m程度の誤差はありそうです。まぁ許容範囲ではないかと思います。

Gpsデータ等を轍、カシミール3D等で編集してKMLデータとして出力する。それをGoogle Earthを使って作成した地図と標準地図、航空写真等と重ねてみるということも容易に出来そうです。また古地図関連でいくと、過去の地図の殆どがデータ化されていないので、全国となるとなかなか難しそうです。書籍、古文書によるしかないないのかも。


参考
Google Earthで明治時代や江戸時代の古地図を重ね合わせてみる
http://pasopia.velvet.jp/nota2/nota/?20160320175624
今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト
http://ktgis.net/kjmapw/

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