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 「関家住宅」の見学  都筑をガイドする会  2010年2月7日(日) 22:02  Mail
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「都筑ガイドボランティア養成講座」が2月6日に始まりました。
6回連続講座ですが、最終回の3月27日は、ガイドデビューで、一般の人も参加できます。

都筑区が誇る国の重要文化財の「関家住宅」は、普段は非公開ですが特別に見学が出来ます。

現在参加者を募集中です。要申込。2月28日必着。100人抽選。このチャンスに、ぜひ申込を。

関家住宅の詳細は、これをご覧ください。
http://www.city-yokohama-tsuzuki.net/station/kigyou/sekike/index.html

コースの詳細、申込の方法はこれをご覧ください。
杉山神社(勝田)、正覚寺、茅ヶ崎城址公園、都筑民家園などにも行きます。贅沢コースです。
http://www.city.yokohama.jp/me/tsuzuki/koho/koho2009/page/201002-04.pdf

 川和の市  ふくちゃん  2010年1月9日(土) 23:56  Mail
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「わたしたちのまち川和」(川和小学校創立50周年記念誌)によると、川和では、昔にぎやかに川和市が開かれていて、昭和10年頃には、年5回あった市が12月25日の「歳の市」だけになったそうです。この市も品物を扱う農家が少なくなり、また流通機関の発展などにより少しづつ無くなったと、記載されています。何時頃まであったかご存知の方は教えていただけないでしょうか?


 都筑図書館で調べてみました  ふくちゃん  2010年2月7日(日) 19:02  Mail [修正]
「川和の市」について、都筑図書館で調べてみると、「郷土よこはま 第85号」に「川和の市」として岸上興一郎氏が、詳しく調査されており、それによると、「・・・昭和30年代から徐々に衰退に向かい、かつて百軒をこした市商人の出入りは、最後の昭和42年には、わずかに2〜3店という、市の姿を保つには、あまりにさびしい様相になったと伝えられる」(p21)とありました。
最後は昭和42年(1967年)だったようです。
先日、川和小学校のコミュニティーハウスに行ったおりに、市が開かれたあたりを見学してきました。

 鎌倉時代の五輪塔(真福寺境内)  - shiba -  2009年10月2日(金) 17:20
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荏田町にある養老山真福寺は、古くは旧荏田宿の北にあり大山道の大山詣の宿場町であった。また、旧鎌倉古道中の道は、現時の真福寺付近を通っていたが、開発により僅かにその一部分が残っているのみである。

ご本尊は、千手観音(藤原時代の作)、前面は頭から裾まで一木作り。頭部は十一面をいだき、腕は肘から分かれた八譬(手が8本)だが、その半数が失われている。この他に国指定重文「清涼寺式釈迦如来像(京都嵯峨野の清涼寺の三国伝来の釈迦如来の摸刻、鎌倉時代)」がある。

写真(左)は、真福寺入口風景、写真(右)は、真福寺境内にある鎌倉時代の五輪塔(頂の風輪、空輪がなくなっている)
五輪塔=下から、地輪、水輪、火輪、風輪、空輪 の五輪からなる。

 真福寺の位置  ふくちゃん  2009年10月4日(日) 3:09  Mail [修正]
shibaさん、「真福寺」「鎌倉古道「荏田宿」「大山道」など、興味ある話題、有難うございました。

真福寺の昔の場所を探しましたが、多分、墓地が近くにあるので、その側だと思います。現在の「宿自治会館」のあたりと聞いたことがあります。

このサイトに旧鎌倉古道の位置と、旧真福寺の位置が出ています。
http://fukushima.cool.ne.jp/katohjuk/naka3-3-s1edashuku.htm

また、都筑区内の旧鎌倉古道の道はいろいろなレポートがあります。
http://www.crystalwinds.net/sekibutsu/nakatsumichi3/nakatsumichi_3.html
http://fukushima.cool.ne.jp/katohjuk/naka3-2.htm

現在の真福寺の周辺の鎌倉古道のルートについては、諸説あるようですね。

 都筑区内の鎌倉古道  - shiba -  2009年10月8日(木) 16:12 [修正]
ふくちゃんさん、言われる通り東急田園都市線開通に伴う青葉区等東急沿線の開発、その後の港北ニュータウン開発等で、鎌倉古道はその多くが開発の名の下に消え去りました。そのため、鎌倉古道中の道のルートを特定するのが困難で諸説に分かれているのも無理からぬことのようです。

都筑区内の鎌倉古道中の道は、鶴見川の精進橋を渡り川和町→川和八幡宮前→川和高校北側→荏田町真福寺前に至り、旧荏田宿あたりから大山道(矢倉沢往還*)とほぼ同一ルートで鷺沼→溝の口方面へ北上していることはほぼ確かですが、ずたずたにに切られ、また拡張されたりで、個別には確定できないのが実情なのでしょう。

古道の現状はさておき、文治5年7月鎌倉を発した源頼朝率いる28万の大軍が、奥州平定のため平泉を目指して軍勢を進めたのがこの鎌倉古道中の道です。
また、鎌倉幕府を滅亡させた新田義貞が、鎌倉へ攻め上がるのに軍勢を引き連れ通ったのも、この中の道です。
歴史書をひもとき、いにしえの800年前に思いを馳せながら鎌倉古道を歩いて見ると、強者どもの夢のあとを感じさせられます。

*矢倉沢往還(やぐらざわおうかん)は、江戸時代に整備された街道で、江戸赤坂門から相模国、足柄峠を経て駿河国沼津宿を結び、大山参詣道や東海道の脇往還として機能していました。
現在は、ほぼこの旧往還に沿って国道246号が通っています。


 いよいよ「つづき歴史散歩道」が始まります!  つづき交流ステーション・つづき歴史散歩道担当  2009年10月2日(金) 11:26  Mail
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