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 「葛が谷」は「くずがや」か「くずがやと」か  ふくちゃん  2011年9月11日(日) 20:20  Mail
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都筑区のほぼ中央、地下鉄「都筑ふれあいの丘」駅のある町は「葛が谷」とかいて「くずがや」と読みます。しかし、近くの公園の名前は「葛が谷公園」ですが、その読み方は「くずがやと」公園です。「や」か「やと」か、ややこしいですね。
実は、昭和61年港北ニュータウンの住所表示施行のときに、池辺(いこのべ)町の一部から「字名」をとって「葛が谷」を新設したまでは良かったのですが、その読み方を「くずがや」と、まちがえてしまいました。横浜市の北部では「谷」と書いて「やと」とよぶことが多いのです。
公園名は、地元の意見を聞いてきちんと「くいずがやと」と命名したので、公園の入口にはフリガナが「やと」と正しくついています。
紳士服のアオキの本店の横の交差点の信号をよく見てください。「ya」ではなく「yato」と正しく表記しています。

  「月出松公園」 は 「朏の松公園」だった  - shiba -  2011年9月13日(火) 22:09 [修正]
ニュータウン南端近くに位置する「月出松公園」、変な名前で意味はなんだろう?と思われる人が多いでしょう。このおかしな名前の選定にまつわる証言とも言うべき話を紹介します。

川和台在住の81歳になる地元農家の人で、ニュータウン開発当初から係わった方が、「自分が生きている内に、地域の歴史に係わる事実を後世に伝え残す為」と前置きして、地区敬老会席上での話。

ニュータウン開発当時、公園名の推薦依頼が地域にあった際、開発前の地域住民が相談して、現在の川和台下りバス停付近に当時あった、大きな1本の赤松が「朏の松」(みかづきの松)と地元の人々から呼ばれていたことから、この呼名を新しい公園の名称にしようと意見がまとまった。
そこで、地元推薦として、「朏の松公園」と書いて市側に提出した。

やがて開発が進むうち、市側が名付けた公園名が「月出松公園」となっているのに気付いた地元では大いに驚き、市側に訂正を申し出たが、時既に遅く、公園の石碑名、地図名等「月出松公園」として出来上がっているので、勘弁して欲しい」と訂正を受け入れて貰えず、おかしな意味不明の公園名となってしまった。市側担当者によると「朏」(みかづき)の文字を読めず、「月と出がくっついているので離せ。月出松公園とする」として処理したとのことであった。

この公園名が、地元に親しまれた松の木の名を刻んだ「朏の松公園」(みかずきのまつ公園)の名称であったなら、美しくロマンチックな公園名としてだけでなく、1本の赤松の物語と共に、小さいながらも地元の歴史の一こまとして残ったであろうと惜しまれます。

 月出松公園の加賀原遺跡  ふくちゃん  2011年9月16日(金) 10:57  Mail [修正]
shibaさま、「月出松公園」の命名の裏話、有難うございました。

私は、昔の地名を調べるために横浜市市民局の公式記録「横浜市町区域要覧」を参照していますが、平成3年8月版の「川和町」の「字(あざ)名」の欄に「朏松」が「みかづきまつ」というフリガナ付きで明示されています。現在の地図にプロットすると、現在の月出松園の西から京セラの研究所ビルとの間の狭い地域を指す公式「字地名」でした。ですから公園が出来るときに、地元の方が「朏の松公園」を提案したことは良く理解できます。「月出松」と漢字「朏」を、間違えてか、当用漢字に無いからか、理由は不明ですが「月」と「出」に分解するというのは、芸のない話です。「みかづきまつ」という呼び方の地名ですので、せめて「三日月松公園」にした方が、後世への承継になったことでしょう。残念です。

ところで、月出松公園の位置は、字名では「大原」と「加賀原」に重なっており、そこには縄文時代の遺跡があります。「加賀原遺跡」です。教育委員会は公園内看板を設置してくれました。遺跡の大半は、公園内のそのまま保存されています。ただし看板には「かがはら遺跡」とフリガナがありますが、横浜市埋蔵文化センターの公式記録には「かがっぱら遺跡」とフリガナがあります。多分、看板の方が間違えでしょう。
(港北ニュータウン地域内埋蔵文化財調査報告]「全遺跡調査概要」1990年)

 どんど焼き  ふくちゃん  2011年1月17日(月) 7:41  Mail
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1月15日の土曜日には、都筑区内の数カ所で「どんど焼き」が行われました。
小正月の伝統行事で、本当は1月14日ですが、平日なので15日に実施したところが多かったようです。
荏田南の「牛ケ谷(うしがやと)運動公園」のどんど焼きに孫と参加しました。大勢の子どもたちが竹の先にお餅やおいもをぶら下げて、どんど焼きの残り火にで焼いてたいました。
これを食べるとこの一年、風邪をひかずに無病息災となるとの言い伝えがあります。昔からの「みつまた枝」に繭玉団子を刺して用意した人もいました。
伝統行事が見られるのも、都筑区のよいところです。
主催した荏田南の町内会の方々、ありがとうございました。

 武蔵武士団都筑党〜藤原流斎藤氏四郎成利都筑と号す〜  北の抱き柏紋・都築(都筑)  2010年12月8日(水) 15:07  Mail
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鎌倉時代武蔵国都筑郡においては少数武士団であったが、以後都筑は〜遠江国〜三河国〜・阿波国・備前国・但馬国(出石抱柏流)と伝播し、現在北海道から沖縄まで約7000世帯に都築姓・都筑姓が全国に住んでいる。三河時代においては徳川・松平の影響を多分に受け岡崎市を中心に一族繁栄期。現在も三河を本国とする末裔が多い。しかし、すべての都築・都筑姓はきっと名字地としての故郷は武蔵国都筑郡であったことを忘れてはいないはず。新しい地名が古くからの歴史ある馴染みの地名を消していく中、平成6年都筑区としての地名復活を喜んだものです。

 関家住宅の見学  ふくちゃん  2010年11月9日(火) 7:23  Mail
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横浜市の教育委員会のホームページに関家住宅の見学会のお知らせが載りました。ご参考までに。
国の重要文化財「関家住宅」公開のお知らせ(2010年10月29日)

ご承知のように、関家住宅は、通常は公開しておりませんが、このたび所有者のご協力により、公開することとなったそうです。

これまで見学に行けなかった方は、チャンスです。
都筑区には、関家住宅の他に、大塚・歳勝土遺跡公園の都筑民家園やせせらぎ公園の古民家もありますが、こちらはいつでも見学できます。
http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/bunkazai/bunnya/20101204.pdf

   Shell  2010年12月3日(金) 23:45 [修正]
22代当主の関恒三郎氏が、今も住んでいらっしゃるそうです。

関家は、交流ステーションでも取材していますね。

http://www.city-yokohama-tsuzuki.net/station/kigyou/sekike/index.html

(Shell)

 川和地区歴史探訪(11月13日)  つづき図書館ファン倶楽部  2010年11月5日(金) 7:06  Mail
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都筑図書館では、昨年に引き続き「第2回つづき入門講座」を開催します。まだ少し、余裕があるそうですから興味のある方は是非、都筑図書館へ申し込んでください。「川和地区」を知るチャンスです!!

第1部レクチャー「地形図と文献から郷土の歴史を調べる」
 第2部「川和の歴史遺産を歩く」

川和地区の歴史にスポットライトを当て、地形図と文献を使って地域の歴史を調べる方法を学んだ後、川和地区の歴史遺産を実際に探訪します。

〔講師〕秋山満氏(都筑をガイドする会)
〔日時〕11月13日(土)午前9時から午後0時30分
〔定員〕先着30人
〔会場〕都筑区役所5階第1会議室。第1部終了後、市営地下鉄で川和町駅へ移動します。
〔申込〕10月26日(火)午前9時30分から 都筑図書館カウンターまたは電話で。
   ※歩きやすい服装でご参加ください。
   ※荒天時には講演のみとなりますのでご了承ください。

都筑図書館ホームページ「第2回つづき入門 川和地区歴史探訪」
http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/library/chiiki/tsuzuki/spevent.html#walking

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