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このコーナーは、皆さんが作っていくコーナーです。「つづきの歴史」に関係することなら何でも結構。

 そういえば山田村(やまたむら)  mikan  2019年5月14日(火) 16:12
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そういえば山田村(やまたむら)というのは古文書などでよく出てきますが、都筑区には南山田、北山田だけになって山田はなくなってしまいました。何故なんでしょう??

 縄文海進、南堀貝塚について  mikan  2019年5月14日(火) 15:46
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縄文海進、南堀貝塚について

場所
南堀貝塚(標高約43.1m国土地理院)
横浜市都筑区南山田三丁目40付近
サレジオ学園のグランドが見える高い台一帯あたり。

現在の標高が43.1mの所に貝塚があるとすれば海はどこまで陸地に食い込んでいたか?縄文海進と呼ばれる地図がいろいろ提案されています。この話は考古学会だけではなく、地殻変動、地震学など総合的な学問が必要ですが、これからの研究に期待したいところです。

葛飾区史|第1章 葛飾の風土と自然(なども)
http://www.city.katsushika.lg.jp/history/history/1-2-2-26-1.html


最近の技術を使って細かく水深の設定が出来るシミュレーションツール
「浸水シミュレーション」
http://gsj-seamless.jp/labs/elev/shinsui.html

これはよく出来ていますし、綺麗です。でももう少し拡大したところが欲しい。

海面上昇シミュレーションシステム - 産総研
https://gbank.gsj.jp/sealevel/
これもそれなりに出来ているけれど、詳細な地名が良くわからない。

Flood Maps
http://flood.firetree.net/
これは東日本大震災以前から存在していて非常に使いやすい「浸水シミュレーション」ツールです。かなり拡大できるので詳細な地点が見やすいです。ただ「NASA」のデータを使っているので精度はいまひとつ、作者が言っています。

写真は深度+20m、+30m、+40mの場合の浸水度合です。関東地方の図があるのは+40mの時です。

 荏田宿(えだじゅく)  mikan  2019年4月6日(土) 18:38
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荏田宿(えだじゅく)は、かつて武蔵国都筑郡荏田村(現・神奈川県横浜市青葉区荏田町)にあり、大山道(矢倉沢往還)が通っていた宿場
旅籠屋をはじめ、さまざまな商人・職人が居住し、合計二十数軒の家屋が連なっていたが、1894年(明治27年)の火災により焼失した

江戸時代後期の荏田宿の概念図が「都筑の民俗」(1989)という 本に載っていた。明治の火災で失われているので今ではかなり違っていると思うが、参考まで

 新元号が「令和」に決まりました。  mikan  2019年4月1日(月) 19:37
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新元号「令和(れいわ)」

新元号が「令和」に決まりました。その出典の文書を探していみました。
出典について「『万葉集』巻五、梅花(うめのはな)の歌三十二首の序文」と説明した。「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かおら)す」から引用した。春の月の美しさと空気の爽やかさを表現した文章。

万葉集略解 20巻. [7] - 国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2576188?tocOpened=1
万葉集略解5巻24ページに出典の文章があります。

 「和泉」をの「和」は読まない。何故?  mikan  2019年3月26日(火) 20:05
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「和泉」をの「和」は読まない。何故?

国名で「和泉」の「和」は読まない。本来は泉だった。和同6年(713年)の詔(諸国郡郷名著好字令)によって2字にしたもの。紀伊(きい)ももともと「木国(きのくに)」だったのを詔の2字縛りにしたがって「紀伊国」にしたそうです。

「伊達」と書いて「ダテ」とあたりまえに読んでいるが、あらためて考えるとどうも納得がいかない。そう、「伊」の音は発音されていない。伊達政宗がローマ法王に宛てた文書にはローマ字で「Idate Masamune」と描かれていたそうで、伊達氏は「いだて」を称していたそうです。

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