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淡島社

淡島社 (あわしましゃ)

横浜市都筑区折本町1458

祭神
神功皇后   ( じんぐうこうごう )
少名彦命   ( すくなひこのみこと )

祭礼
3月3日    例祭(れいさい)

由緒
天和、貞享年中里人淡島大神に祈りて病を治すと伝う。また、宝永、正徳年中桜樹繁りて社殿を覆うと伝え、寛保2年里人英至という者、村守松下状綱の助を蒙り社殿を新築すと伝う。 和歌山市加太の淡島大明神より分祀し鎮座したといわれ、病を治す神様として敬われていた。

“日本中に数少ない女性の祭神  淡島神 ”
“淡島大明神  縁結び 健康 魔除けの神 ”

江戸名所図会には、
「淡島神社・相模街道大熊村より左へ十三、四町人りて折本村にあり、神主雲路氏奉祀す。祭礼は三月三日、縁日は毎月元日、十三日にして、祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)及び神功皇后二座なり、勧請の初めは詳ならずと云ふ」
と記されていたそうです。

(境内由緒書き)
淡島社の由緒
祭神 少彦名命 神功皇后 大霊貴命 素戔嗚尊 四柱を祀る江戸時代以前和歌山市加太の淡島大明神より分祀鎮座せしと云ふ 江戸名所図絵に相模街道大熊村より左へ十三四丁入りて織本村にあり 神主雲路氏奉紀す
祭礼は二月三日縁日は三日 十三日なり 鶴見末吉橋際に之より淡島街道に至ると石碑の道しるべ在りしが消滅す天和より正徳年間の頃櫻の樹繁り社殿を覆ふと伝ふ近所に住む重郎左衛門山掃除に入りたる時白衣の翁に会い腰の痛みを話すと淡島社に祈願すれば治る語りて風の如くに消えたので信心祈願した処全快せしと云ふ 其後病気快復祈願に参拝する人数多しと云ふ 境内に在る奉納碑は江戸日本橋の住人が祈願成就の為に奉けたものである
里人社の山林の櫻が古木を伐り後に運び出そうとしたら一匹の蛇が目を光らせて古木を守って居たので御神木であった事を恐れ安泰所願をした 後に若芽が出たので境内に移し御神木としたとの事である
明治四十二年村社 大神宮 天王社 新宮社の三社を淡島社に合祀して鎮守された当社に保存せし煙火の筒は江戸時代の作で筒が長いので煙火が高くあがり雲中まで届いたと云ふ一発打ちあげる度に○が跳るので桶やが近くで○を作り直しては打ちあげたと古老より伝え聞く寛保二年里人英至と云ふ者 村守松下状綱の助けを蒙り五反七畝八歩を賜り淡島社社殿を新築せりと伝ふ昭和五十一年迄維持道路拡張の為昭和五十一年に社殿を建替る

トイレなし

横浜市営地下鉄仲町台駅から新横浜駅行き(300系統)4分淡島神社前徒歩1分

横浜市 鶴見区 第20回:道標が語るあわしまさまと淡島信仰
www.city.yokohama.lg.jp/tsurumi/information/introduction/history/no20.html

 

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